「調査報道がジャーナリズムを変える」
田島泰彦 山本博 原寿雄/著 花伝社 発行2011.6.3
この本に掲載された一部を紹介します。
新聞報道の実態を知っていただきたいと思います。
また、現代の「テレビ・新聞の報道」についてどういう姿勢が大切か考えるヒントになればと思います。
1999年10月 埼玉県のJR桶川駅前で女子大生が刺殺された事件。
桶川ストーカー殺人事件
21歳の美人女子大生、マスコミは飛びつき、上尾署に詰め掛けた
会見は、一通りの説明が終わると、なぜか話は女子大生の服装や所持品に及んだという。
黒いミニスカート、厚底のブーツ、プラダのリュック、グッチの時計・・・・。
日ごろ、内容を隠したがる警察にしては妙に細かい情報だった。
さらに、夜回りをかけた記者たちに警察幹部は
「あれは風俗嬢のB級事件だからね」
「プレゼントをねだった女子大生トラブルだ」
と伝えたという。
マスコミは見事にこれに乗っかった。
記事の見出しはこうだ。
<刺殺された風俗嬢女子大生> <ブランド依存症>
取材を進めていく中で二人の友人が証言してくれた。
「報道は全部うそです、彼女は一時交際していた男からストーカー行為や嫌がらせを受けていたこと
、追い詰められた彼女は、命の危険まで感じていて、<私が死んだら犯人はこの男><全部メモしておいて>と、まるで遺言のように伝えていたのである。
取材を進めると風俗嬢などではなく、どこにでもいる普通の女子大生であった。
詩織さんを脅かし続けていたストーカーは、複数の手下まで使い、グループで嫌がらせを行っていた。
誹謗中傷を書いた1000通を超える大量の手紙を、父親の会社に送りつけていた。
自宅の周辺や学校には、詩織さんの写真を印刷した大量のビラを配っていた。
別れたいというと、ストーカー本人を含む男三人に家まで押しかけられ、「おまえは来年は迎えられない」と脅されていた。
命の危険を感じた詩織さんは、上尾署に駆け込み相談をすると、「男女の問題だから」とつれなかった。
中傷のビラを見せると「ほう、いい紙使ってるねえ」といわれた。
それでも何度も何度も上尾署に行き、ついに名誉毀損の告訴状を提出した。
上尾署はそれを受理したものの、ほとんどなんの捜査もしなかった。
そして、詩織さんは殺害されたのだった。
「告訴状」というのは「被害届」と違って、受理した以上は捜査しなければならない。
報告義務も厳しい。それなのに、捜査せず放置した挙句起こった事件。
上尾署にとってこの事実は隠しておきたい爆弾だった。
会見では「被害届」を被害者から受理しておりますと発表した。
「告訴状」を受理していたとは発表していない。
事件後、上尾署は手のひらを返すように詩織さんの家に刑事を常駐させた。
警備と心のケアのため、という説明だったが、これで遺族とマスコミは分断された。
遺族とすれば、警察は信頼できないし、娘の名誉をズタズタにされたマスコミはなおさら信頼できない。
(真実を述べる場がなくなっていた)
記者はここまでの記事を雑誌FOCUSに連載していた。
ストーカーグループに焦点を当てた記事はFOCUSだけだった。
上尾署はこの記事については完全に無視し続けた。
犯人が逮捕されれば、詩織さんの告訴状を放置していた事実が問題になる事件。
警察が積極的に捜査するかどうか、疑問を持った記者は独自に犯人探しを始めた。
詩織さんの遺言メモを頼りに捜査していった結果、男が池袋の風俗店の経営者だったことを突き止める。
そして実行犯は男の部下Kであることもわかる。
Kの居所を探し続け、カメラマンと張り込み、ついに撮影に成功する。
即、記事にしたいところだが、それでは主犯をはじめ他のメンバーが逃げてしまう。
一週間迷った挙句、上尾署に面会を求める。
しかし、記者クラブに所属していないという理由で、記者との面談は拒否されてしまう。
仕方ないので友人を介して情報を伝えてもらう。
しかし、上尾署は犯人をなかなか逮捕しなかった。
(告訴状を受理していたことがばれてしまうからだ。そんなことが許されるだろうか。人が一人殺されているというのに。)
我慢の限界を超えた記者は、ついにストーカーたちの写真の掲載を決意する。
最後の”‘誠意”として、締め切り前日に上尾署に乗り込んだ。
だがこの日も取材拒否。
記者は署の受付から叫んだ、
「来週発売のFOCUSで容疑者について重大な記事を掲載します、内容はすでに捜査本部がご存知のはずです・・・・・。」
犯人逮捕はそれから数日後、FOCUS発売直前の出来事だった。
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記者の追求はこれでは終わらない。
詩織さんの遺言メモにこんな記述があった。
上尾署の刑事が家に来て
「告訴状を取り下げてくれないか」と言ったという。
詩織さんは絶望したという。やっとの思いで提出した告訴状なのに、これで助けてもらえると思ったのに・・・・・
記者クラブの記者ではないため友人を通じて確認してもらった。
上尾署は「そんな刑事はいない、それはストーカーの仕業、ニセ刑事じゃないの」
それを聞いた記者は最初はまあそうかもしれないと信じた。
しかし「そんなことまでストーカーがするだろうか」という疑問を持つ。
記者は遺族に取材を申し込んだ。
遺族の感情はマスコミに対して不信しかないのを承知で。
しかし、意外なことに遺族は取材に応じてくれた。
詩織さんの友人二人がこの記者だけは違うと進言してくれていたからだった。
記者の書いた記事を読んでいて信頼してくれていたということになる。
記者は両親が取材に応じてくれる唯一の記者になった。
そして告訴状を取り下げてくれるように訪ねて来たニセ刑事は本物の刑事だった。
しかも、詩織さんの告訴状の調書を書いたその本人だった。
記者は記事にした。
事件から五ヵ月後、詩織さんの父親がはじめて記者会見をした。
「告訴状を取り下げてもらえないか、と言われた。娘が殺されるまでの上尾署の対応にはまったく納得していない・・・・」
そうはっきり伝えたのだ。
遺族の取材ができないから・・・・
今までそんな立場をとってきた記者たち、これで遺族によれば・・・という大きな記事が紙面を飾るだろうと思った。
しかし、実際は埼玉県版か、小さなベタ記事、ローカルニュースにしかならなかったのである。
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理由はもうお分かりの通りである。
持ちつ持たれつ、の関係だからである。
記者クラブは大手の新聞社しか入れない。
警察はそれ以外の取材には応じない。
警察に都合に悪い記事は書けないのは自明だ。
孤立した状態のこの記者はそれでも書き続けた。
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記事を援護してくれたのは、記者クラブと直接縁のない民放の番組だった。
テレビ朝日の「ザ・スクープ」の当時キャスターだった鳥越俊太郎、TBSのレポーターたちだった。
怠慢捜査の問題点をつぎつぎとオンエアしてくれた。
そしてそれを観た民主党の女性議員が国会で取り上げてくれた。
「これは事実なのでしょうか?」と刑事局長に詰め寄った。
この日を境に事態は大きく動き出した。
刑事が告訴状を被害届に書き換えていたことがわかった。
告訴取り下げどころか、勝手に二本線を引いて届けに改ざんしていたのである。
当然これは、刑事事件となり、三人の警察官が起訴され、県警本部長など二人が処分された。
記者会見で県警本部長や刑事部長がそろって頭を下げたとたん、記者クラブの記者たちは手のひらを返したように、一面トップの記事を書き続け、警察叩きが始まった。
これは、雑誌記者が殺人犯を捕まえたなどという記事ではない。
権力(この場合は警察)がいかに自分たちの都合の悪いことは隠そうとするか、それが殺人事件であっても、体面を守るためには市民を犠牲にしてでも行うという事実があるということを公開することで世論に訴えている。
警察は正しく仕事をしている、それは事実だろう。
しかし、一方でこういう事実もあるということ。
マスコミは正しい報道をしている。
しかし、一方でこういう事実もあるということ。
この記者の素朴な疑問と孤立してもめげずに、正しい報道を目指した姿勢がなければ、この殺人事件はいったいどうなっていただろう。
報道に携わる人間として、その使命を果たすことがどれほど大切か、その勇気と行動力に敬意を払いたい。
新聞やテレビの間違った報道、警察からの脅し、職場や学校での冷たい視線、誹謗中傷、嫌がらせ、うわさの流布、誰が守ってくれるだろか。
明日、自分に、家族に、親戚に、友人や知人に起こらないと言えるだろうか。
「正義感なんて青臭いし、面倒なことは避けなきゃ、会社にばれたら、ラクかラクじゃないか、雰囲気を読むのか、目をつけられるから、穏便にするのか、自分じゃない誰かにと思うか、孤立するのはいやだし、家族はどうなるのか・・・・」
われわれ大人たちは、思いとどまるように誘導されている気がしてならない。
大儀(理由)は簡単だ。
「愛する人のため、家族のため、自分の人生のためだ、止めておこう」
誰もそれを非難できない、権力者の望む市民だ。
相談できる友人はいるか
シンプルなこのコトバがキーワードのような気がする。
by 2006taicho
| 2015-12-24 13:00
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