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隊長ブログ

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「橋の上の殺意」 鎌田 慧

2006年春、秋田県北部の山間の町で起きたあまりに有名な事件。
自分の娘と近所の男の子が立て続けに遺体となって発見された。
当時の母親の言動が連日マスコミの格好の餌食となり、世間はおおいに眉をひそめて報道を聞いていた。
聞きたくもない事件、だった。
筆者はこの事件を克明に追った。
当然、公判も傍聴した。
その丹念な取材姿勢には驚かされる。

改めて思ったのは、取調べの非道さ、執拗さ、非合法さ。
冤罪事件などのとき、取調べの様子をニュースなどで聞いていたが、これほどとは。
裁判というものの恐ろしさも感じる。

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結論から言うと、一審で無期懲役、両者が控訴して二審でも無期懲役。
最高裁まで争うかに見えたが、両者ともそこで上告を断念したので、無期懲役刑が確定した。
被告は男の子を殺害したことは認めているが、娘の殺害については記憶がないということだった。
娘の遺体は橋から落下して流されたにもかかわらず、ほとんど外傷がなく、靴も両足とも履いた状態で発見されている。
地元警察も最初は事故死として処理していた。
検察側の主張も、ひとつの証拠もないため、被告の供述だけを頼りに追求せざるを得なかった。
そのため執拗な取調べ、脅しなどが連日連夜続けられた。
被告は男の子の殺害は認めているので、死刑を望んでいた。
一審の無期懲役では不服として自ら控訴している。
最高裁まで行かなかったのは、新たな証拠などが見つからなかったということもあるが、生涯を償いとして送るという境地に至ったためらしい。
とにかくこのときの世論は、「絶対許されない、死刑が当たり前」だった。
このときのマスコミの取材の仕方が、相当ひどかったこともわかった。
検察側もその世論の後押しを受けて、極悪非道な女として追求の手を緩めることはなかった。
被告の精神鑑定というのも、いろいろあることがわかった。
検事が指定した精神科医の鑑定、裁判所が指定した精神科医の鑑定とこの事件でも提出されている。
そして、精神鑑定というのは、どっちの側の医者であろうと、その診断は違うというものだということをはじめて知った。

判決を下した秋田地裁には「どうして無期懲役なんだ、どうして死刑にしないんだ」という抗議の電話が相当数入ったそうだ。
遺族の感情を思えば当然と思える。
しかし、筆者はこういう。

殺人事件の裁判が、死刑執行で終わらなければ納得せず、死刑執行こそが正義の実行と考えている人は多い。
しかし裁判官が、死刑の選択をするほかないというには、なお躊躇を覚えざるを得ず、と判断して、死刑判決に踏み切らなかったにもかかわらず、死刑にしろと主張するのは、横暴のそしりを免れない。
なぜなら、そういう人たちには判決を批判する論理を持たないからである。
死刑制度がないと犯罪を防げない、という「抑止論」であり、人を殺害したものは、死んで償えという「応報論」である。
この裁判での検事のように、こうした凶行を犯した被告人の存在は、まさに社会に対する脅威としかいえないとする、「抹殺論」である。


すべてのEU加盟国は死刑制度を廃止している。ロシアや韓国では10年以上にわたって執行を停止している。
過去10年で死刑を執行した国は日本も含めて、42カ国。
絶対廃止国は97カ国。
死刑制度がありながら、10年以上執行していない国は48カ国。

死刑廃止が世界的な世論となっているのは、死刑はもっとも基本的な人権としての、生命に対する権利の侵害であり、残酷、かつ非人道的な刑罰である、とする良識が暴力の連鎖としての死刑制度を無効化したからである。



この事件のもうひとつの側面は、「あの事件は明日自分にも起きる」、という声があったことだ。
被告は幼いころから父親の暴力におびえ、学校ではいじめにあい、精神を患い、事件を起こす前には精神科の病院に自ら出向き入院もしていた。そして離婚もして、シングルマザーとなり、生活保護も受けていた。
この事件に接し、全国でひそかに、あれは明日の自分かもしれない、と思った女性の存在。
中には出家した女性もいるという。

自分の息子や娘が殺されたら果たして自分はどういう気持ちになるだろうか。
感情をコントロールできるだろうか。
まったく自信がない。



先日のパリテロ事件での被害者の夫のコメントを思い出した。



今朝、ついに妻と再会した。
何日も待ち続けた末に。
彼女は金曜の夜に出かけた時のまま、そして私が恋に落ちた12年以上前と同じように美しかった。
もちろん悲しみに打ちのめされている。
君たちの小さな勝利を認めよう。でもそれはごくわずかな時間だけだ。
妻はいつも私たちとともにあり、再び巡り合うだろう。
君たちが決してたどり着けない自由な魂たちの天国で。

 私と息子は2人になった。
でも世界中の軍隊よりも強い。
そして君たちのために割く時間はこれ以上ない。
昼寝から目覚めたメルビルのところに行かなければいけない。
彼は生後17カ月で、いつものようにおやつを食べ、私たちはいつものように遊ぶ。
そして幼い彼の人生が幸せで自由であり続けることが君たちを辱めるだろう。
彼の憎しみを勝ち取ることもないのだから。



by 2006taicho | 2015-12-14 22:54 | 最近読んだ本 | Comments(0)

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by rei7955