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隊長ブログ

ひとり日和

小説・サラリーマン時代 その1

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28歳のとき会社が倒産した。
そのとき知ったのは”会社整理屋”というものの存在だった。
その整理屋はまさしくその筋の人物といういでたちで、我々社員に言い放った。
「いいか、明日からここには絶対に来るな、明日からはここにどんな奴が来ても俺が対応する」

勤めていた会社はコンピューター用の帳票とオペレーターの派遣を主な事業としていた。
現在はオペレーターというが当時はキーパンチャーと呼ばれていた。
コンピューター用の帳票を扱うということは、つまり取引先はほとんどが大手企業だった。
宴会やゴルフ接待などがまだ堂々と幅を利かせていた時代。
社長は私の義兄だった。
つまり姉の夫。

整理屋の向かい側に座っている義兄は憔悴しきっていた。
何日も寝ていないようなその顔は表情がこわばっていた。
いつもは冗談を言ってみんなを和ませたり、誰彼となく声をかけては飲みに連れていったりして面倒見もいい人だった。
得意先の無理な注文もいやな顔ひとつみせず、そつなくこなした。
人手が足りなければどんな仕事も率先してやり、みんなを引っ張った。
「社長が言うなら・・・」社員はみなそう思っていた。
それが今、”その筋の人”が社員にまるで脅しでもかけるような口調でこれからのことを説明している。
みんな半ば社長のほうをみながらただ黙って話を聞いていた。
中堅のl社員がなにか言いたそうにしていたが、社長の顔を見て言葉を呑み込んだようだった。
時計を見ると午後11時を過ぎていた。

義兄はそれまで勤めていた会社を辞めて会社を起こした。
営業マンとして優秀だった義兄は、自分の得意先を持って独立したのでそれなりの勝算があったはずだった。
しかし、昔からの付き合いの同業者に手形で騙された。
やってはいけない融通手形が不渡りになった。

この人物を誰が連れてきたのだろうか?
整理屋の話を聞きながら思った。
後で聞いた話では、A社の部長さんから紹介されたと社長は打ち明けた。
A社は丸の内にある大手上場企業だ。
そういう大会社になると、そういう筋の人とも関わりがあるのかと不思議に思った。
「総会屋かなんかだろうか」密かにそう思った。

翌日から無職になった。
かみさんには正直に報告した。

「仕方ないじゃない、また仕事探して出直しすれば」
「うんそうだな、そうするしかない」
「あたしの会社でもこのあいだ旦那さんが会社をクビになった人がいるのよ、なんだかよくしらないけど、その旦那さんが得意先の女子社員と不倫してたみたいでさあ、みんなびっくりしちゃって・・・・・・」
食品会社の下請け会社で経理をやっているかみさんは興奮気味に話した。
「奥さん悩んじゃってさあ、別れようかどうしようかって」
「そう・・・相談に乗ったのか?」
「相談って言ったってねえ…・別れるとしても子供もいるし・・・・なんともいえないわよねえ」
「まあそうだよな、子供がかわいそうだよなあ」

「ところでお姉さんとかはどうしているの?お兄さんは大丈夫?」
「千葉の家は抵当に入っているのでもう引っ越した、とりあえず大宮の由美子姉さんのところに」
「そう、子供たちはかわいそうね」
「うん」
「お兄さんは?」
「今は友達の家にいるみたいだけど・・・」
「そう」
「ずっとそこにいるわけにもいかないだろから、そのうち家にも泊めてあげようと思っている」
「そう、いいわよ、しばらく家で休ませてあげたら?」
「うんそうだね、大分白髪も増えたし・・・・・」
「やっぱりそう?そういう思いをした人ってそういうふうになるってよく言うけど、そうなの?」
「うん・・・顔も変わっちゃったし・・・なんていうか表情がないっていうか・・・・・」
「・・・・・・・・・とにかくうちに来られるようになったら教えて」
「うん、わかった」
「明日からどうする?」
「まあ取り敢えず職安に行くよ、手続きしないとな、それに」
「それになに?」
「会社が倒産した場合は失業手当なんかも早く出るんだって」
「へえそうなの」
「考えてみたらそうだよな、自分の都合で会社を辞めたわけじゃないし」
「そうよね、どこの職安になるの?」
「渋谷だよ」
「じゃあまあ明日から仕事探し頑張って」
「うん・・・・・・」

1981年冬のことだった。


<つづく>
by 2006taicho | 2013-06-23 12:32 | ひとり日和 | Comments(0)

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by rei7955