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センバツ決定

とにかく良かった。あとは都立校として初の1勝をしてほしい。


 



◆21世紀枠 小山台「全員で戦う」
 都立校として初の選抜出場が決まっても、小山台の福嶋正信監督に浮かれた様子はなかった。「まだまだ生活面などに未熟な面がある。これから、21世紀枠にふさわしいチームに近づけるようにしないといけない」
 恵まれない練習環境を克服し、昨秋の東京都大会で強豪校を連破して8強に進んだことが評価された。グラウンドは90メートル×60メートルと狭く、それすら全面を使えるのは週に1、2度だけ。定時制を併設するため、午後5時には全生徒が下校する必要がある。

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 この日の練習は、内野守備とケージ内でのマシン打撃が中心。普段と同じく約1時間半、48人の選手は集中して練習に打ち込んだ。25日はグラウンドを使えず、ランニングだけを予定している。
 同校はクラブ活動を班活動と呼ぶ。野球班の最大の長所はチームワークの良さだ。「2年生が、他の学年よりも少ない20人しかいないのでまとまりがある。全員で力を合わせて強豪校に立ち向かいたい」と伊藤優輔主将。交換日誌を通じ、野球への思いや悩みなどを共有する選手の結束は固い。
 2006年6月に、野球班員だった市川大輔(ひろすけ)さんが自宅マンションのエレベーター事故で亡くなった。福嶋監督は「大輔と一緒に甲子園に行けることはうれしい」と、この時ばかりは素直に喜んだ。


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by 2006taicho | 2014-01-27 13:45 | 野球 | Comments(0)

哲夫の恋 6

三者集会はあっという間に終わった。
発言したのは哲夫と保護者だけだった。
その保護者は哲夫の意見におおいに賛成だと言ってくれた。

体育館から教室に戻る途中、声をかけられた。
「宮本さん 良かったです素晴らしかったです」
そう声をかけた女子生徒はあっというまに行ってしまった。
哲夫は曖昧な表情をしてそれを見送った。
「誰?今の」
隣にいた梅田に聞くと
「2年の小日向洋子だよ」
「へえ~知らないなあ」
「普通科だよ」
「そうか・・・」
「お前には無理」
「うるさい っていうかなんでお前知ってんの?」

そう言いながら哲夫はふと静江のことを考えた。
静江と話をしたいと思った。
2年、3年と同じクラスにいながら二人だけで話したことがなかった。
気持ちを直接伝えたこともなかった。
ただ、同じクラスの松本和子や寺島敬子が気を利かしてくれて伝えてくれていたようだった。
同じクラスにいて、授業中に静江の長い髪の色の白い横顔を見るだけでドキドキした。
それだけで幸せな気持ちになった。






教室に戻って雑談していると担任の重田が入ってきた。
「え~とみんな席について聞いてくれ 2組の永田の停学のことだけどな、二週間の停学だったけど一週間に変更になった
まあ土日があるから実質5日間だな まあそういうことになったから みんなにも報告しておく いいな タバコを吸ったんだから処分は仕方ない それから今度、農林科問題について委員会を設けることになった。まあ今日の集会を無駄にしないためにだな学校と生徒とでいろいろ検討することになったわけだ。まあこれについてはまたいろいろと決まったらみんなに報告する
それと、明日からは今まで通り通常通りの授業だからな 時間割り通りだからな 間違えるな はい じゃあ今日はこれで帰ってよし」


「哲夫 お前今日どうする?」天然パーマの坂下勝が声をかけて来た。
「どうしようか なんだか腹減ったなあ」
「だろう?じゃあ団子でも食いに行くか」
「そうだな 梅田お前も行くだろう?」
「おう行くよ!」
「ちぇっ!男3人で団子かよ」坂下が大声で叫んだのでみんな大笑いをした。


「おばちゃん俺フルーツあんみつ」
梅田と坂下で団子やに着くと店の一番奥でカップルがいた。
どうやら普通科の生徒らしかった。
するとその男子生徒が立ち上がって哲夫たちのところにやって来て
「哲夫 お前も来年大学行くんだろう あんなことしゃべると学校の印象悪くなるよ あんなこと言わなきゃよかったのに 推薦ももらえなくなるぞ」
「そうかい」
「そうだよ 大体俺たちの代で変わるわけないんだからさあ 学校批判みたいなことやると 損だよ」
「損? そうかわかった」
男子生徒は哲夫の返事を聞く間もなく自分の席に戻って行った。
女子生徒となにやらひそひそやっている。
坂下が気色ばむ。
「やるか?おい哲!」
しかし梅田は冷静だった。
「やめろ今日の今日だぞ 三者集会が終わったばっかりだぞ」
「そうだけどお前・・」
「梅田の言う通りだな・・・今日の今日はちょっとやばいだろう・・・」
坂下の顔をみながら哲夫は言った。
「ああいうやつは俺たちの同級生じゃないな」
向こうのテーブルを睨みながら哲夫は怒りを収めた。
哲夫たちの異様な雰囲気を察してか、男子生徒は彼女と二人ですぐに帰ってしまった。
「また来いよ」と坂下が横目でじろりと睨む。


三人ともせいせいした気分になった。
「ところで梅田 お前その後どうなんだよ」
「なにが?」
「なにがってその後だよ あれ ほら日記」
「ああ うん 順調だよ 順調そのもの」
「ほんとかよ いいなあ お前もうやったのか?」
「えーーばか なに言ってんの そんなこと ばかじゃないか」
「そうかあ よかった」
「なにがよかったんだよ」
「だってお前に先を越されたら俺死ぬほど悔しい」
「ばーーか お前はどうなんだよ」
「俺はダメ 全然 話もしていない 去年の修学旅行以来」
「じゃあもう一年くらい経つんじゃん、なにしてんのお前 そのうち誰かに持っていかれるぞ そんなことじゃ」
「えっ!ホント?そういうことある?」
「あるよ そりゃあ 向こうだって待ってるんだからさあ なんか声かけたりしないとお前」
「そうかあ そうなんだよなあ だけどちょっとこうタイミングがさあ なんかこううまくいかないんだよなあ いつも誰かと話ししてるからさあ・・・・・」
「じゅあ俺がなんとかしてやろうか?」
「ええ!いやそれはちょっと・・・それなら松本たちに頼んだ方が早いだろう?」
「まあそれはそうだ」
坂下が話に割り込む。
「俺 夏休みにバイクの免許取る」
「ええ いいなあ そうかあ お前5月生まれだからなあ 俺なんかだめだ哲夫は10月だっけ」
「うん 俺もまだ取れない」
「免許取ったら乗らせろよ」
「おう 夜な」

その後のY高校は何事もなく1学期が終了した。


哲夫の夏休みは建築現場でのアルバイトに明け暮れた。

ただ、哲夫にとっては余計な仕事が加わった。
三者集会発言したこともあり哲夫は「農林科問題審議委員長」となってしまった。
会議は夏休み中に行われた。


最後の会議は8月の末に行われた。
校長が
「え~今日のこの会議で三回目になりますが、今日で最後の会議となります。
結論を出したいと思いますので・・・・・・・」

校長室には校長をはじめ、教育委員会から数人、市の委員、学校側と十数人が出席した。
担任の重田の顔はなかった。生徒は生徒会長の白井と哲夫だけだった。
会議が始まってしばらくすると教育委員会の偉い人が哲夫に聞いた。
「宮本くん、君の意見はどうかね」
突然の指名に哲夫は驚いた。
「えっとまあ まあこのあいだの三者集会で言ったとおりですけど・・・・」
「つまり 普通科を1クラス増やすということ?」
「はい そうです」
「うん わかった」
教育委員会の偉い人はただそう言った。
白井君は?
「なかなか難しい問題だと思います、農林科の先生方の仕事の問題や土地というか農地の問題もあるでしょうし・・・・慎重に検討する必要があると思います」
生徒会長の白井はそう言った。
何人かの委員から感心したような声があがった。
「なんだよ 政治家かお前は」
哲夫は秘かにつぶやいた。
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by 2006taicho | 2014-01-07 21:50 | 小説 | Comments(0)

大滝詠一死去

昨年末に亡くなっていたなんて・・・・・・・


 
1/4 NHK

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アルバム「A LONG VACATION」などのヒットで知られるミュージシャンの大滝詠一さんが、30日、解離性動脈りゅうのため亡くなりました。
65歳でした。

大滝詠一さんは岩手県出身で、昭和40年代に細野晴臣さんらとバンド「はっぴいえんど」を結成し、日本のロックミュージックの先駆けとして大きな影響を与えました。
昭和48年の解散後も、山下達郎さんや大貫妙子さんが所属していたバンド「シュガーベイブ」をプロデュースして話題を集めました。
また、昭和56年に発表した大滝さんのアルバム「A LONG VACATION」や「EACH TIME」などは、洗練されたメロディーが当時の若者文化や風俗を象徴する大ヒットとなりました。
大滝さんは、ほかにも松田聖子さんの「風立ちぬ」や、小林旭さんの「熱き心に」、それに森進一さんの「冬のリヴィエラ」などの作曲で知られたほか、CMソングを多数手がけたり、平成9年には13年ぶりのオリジナル曲、「幸せな結末」を発表するなど活躍を続けました。おっく
関係者によりますと、大滝さんは30日午後、東京・瑞穂町の自宅で果物を食べていたところ急に倒れ病院に運ばれましたが、解離性動脈りゅうのため亡くなったということです。



新年早々ちょっとショックなニュースです。
「はっぴい・えんど」は岡林信康のバックバンドでデビュー。すぐその実力を認められて伝説のバンドになりました。大滝詠一はボーカル。その後解散しましたが各自音楽活動はやってました。
特にドラムスを担当していた松本隆は商業路線で松本聖子などの作詞をてがけ今や大御所。
とにかくTVには出ませんでした。
65歳なんて早すぎますよ大滝さん。



[A LONG VACATION]は私の中ではBEST ALBUMの一つでした。
一番有名なのはこれかな。夏気分満載。

「君は天然色」ドラムスの叩き方が凄いと勝手に思っています。






この中の「恋するカレン」はカラオケで唄わせてもらいました。







「A面で恋をして」これには若いころの佐野元春も参加しています。






最後は「幸せな結末」



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by 2006taicho | 2014-01-04 16:08 | News | Comments(0)

初もうで

元日は仕事でした。
本日2日、地元の八幡神社へ初もうでへ。
みんな元日に来るので今日は空いていました。
年齢分の御賽銭を入れました。
これは母親の言いつけです。

ここに足を踏み入れるとちょっと厳粛な気分になります。

子供のころのことや、家族全員で来たこや、結婚して息子を連れて来たことなど。
15日の成人式のときも来ました。
息子が甲子園に出た時はお袋は毎日ここに来て祈っていたそうです。

ここはお願いをする処なんですね。

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by 2006taicho | 2014-01-02 16:05 | 近況 | Comments(0)