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若手弁護士の会

「明日の自由を守る若手弁護士の会」 アピール全文
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2017年6月15日木曜日
共謀罪(テロ等準備罪)が作られた今、怒りと不安で震えるすべての方へ。



 共謀罪(テロ等準備罪)が作られた今、「これからどうすればいいの」
と震えるすべての方へ。

どうか、けっして、萎縮しないで下さい。
その震え、その不安こそが権力の狙いなのですから。
私たちには自由にものを考え、表現する自由があります。
心の中を誰にも覗かれない自由があります。
憲法に違反する共謀罪のせいで、皆さんが自発的に自由を手放したら、永遠にこの国の民主主義は帰ってきません。
一人ひとりが考え、表現し続けることは、「共謀罪」を運用させずに死文化させる大きな圧力になります。

それから、万が一、おかしな政治に声を上げる市民が共謀罪で捜索されたり逮捕されたりしても、けっして「犯罪者」扱いしないでください。
テロ等準備罪というまがまがしい名称で、「もの言う市民」を反社会的な存在かのようにレッテル貼りする手口に乗せられたら、排除を恐れてみんな考えることを止めてしまいます。
自由に政治を批判してなにが悪い、という風を吹かせ続けましょう。


国民の心を侵すことになんのためらいもなく、同法案に賛成した政府・与党、すべての国会議員を、私たちは忘れません。
全身の血が沸くほどの怒りをもって、あなたたちを許しません。

いくらでも濫用できる条文で「物言う市民」を恫喝する現政権に、民主主義国家の舵を取る資格はありません。


落胆、やりきれない思い、徒労感。すべての重い気持ちで押しぶされそうになっているすべての人へ。
それでも希望はあるのです。
あなたがその怒りを前向きなエネルギーに変えてくれる限り!
私たちはいまある自由と、自由でいられる社会を手放したくありません。
子どもたちの尊厳と自由も、穏やかな民主主義の社会も、手放すつもりはありません。
自由を行使し続けることでしか、自由は守り抜けない――憲法が問いかける「不断の努力」の覚悟を、「彼ら」に見せつけましょう。

私たち「あすわか」570名は法律家として、主権者として、「不断の努力」で共謀罪を廃止させることを誓います。


明日の自由を守る若手弁護士の会HP





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by 2006taicho | 2017-06-18 03:01 | 最近読んだ本 | Comments(0)

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「1秒24コマの美 黒澤明・小津安二郎・溝口健二」
 古賀 重樹 (著)  単行本 – 2010/11/30
 Amazon中古1,874円



1秒間に24コマ撮るフイルムを連続して写すのが映画。
この本で知ったことは三人共、絵画に造詣があったこと。
三人共東京の下町で生まれ育ったこと。



溝口健二はヨーロッパでは黒澤より人気があり、当時のヌーベルバーグ(1960年代)の監督たちに多大な影響を与えている。
黒澤明にいたっては18歳のときに二科展に入選している。




黒澤明が雨と風にこだわったのはそんな理由があったのかと思う。
映画「生きる」で主演の志村喬に傘を差し出す役の菅井きんは
「もう大雨の中で、寒くて演技どころじゃなかった」
それが自然な演技につながったという。
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上からの雨もそうだが、地面から跳ね返る雨粒が豪雨を表現している。







小津安二郎監督 「秋日和」の1シーン
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原節子の後ろにある絵は梅原龍三郎の本物の絵。
これ以外にも、東山魁夷など巨匠たちの本物の絵が出て来る。

小津は、姿勢や所作にうるさく、「あと何ミリ前に」とか、「盃を口に持ってゆくのではなく、口を盃に近づけて」「そのほうが酒飲みに見える」という演出をしたという。
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「東京物語」の冒頭のシーン。
子どもたちに会いに夫婦二人で東京へゆく準備をしている。
ラストシーンでもまったく同じ構図で写すが、亡くなってしまった妻の姿はない。
空間だけがある。
夫は寂しいとも言わないし、特に表情はないが、一人きりになった夫(笠智衆)の寂しさがひしひしと伝わってくる。







溝口健二監督は生涯、女性だけを撮り続けた監督。
シーンの長回しが特徴。
「元禄忠臣蔵」 松の廊下の有名なシーン。
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このセットは360度どこからも撮影できるセットでサイズは原寸大。
美術担当者は、国会議事堂を設計した学者が松の廊下の設計図を持っていることを知り、それをもとに復元したという。









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by 2006taicho | 2017-04-18 01:11 | 最近読んだ本 | Comments(0)

映画術

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映画術 その演出はなぜ心をつかむのか」 単行本 – 2014/1/22
塩田明彦 (著) Amazon中古2,096円



映画美学校というのがあるらしい。
そこで、この塩田氏が俳優志望の生徒たちに7回にわけて講義したのもの。

映画におけるもっとも重要なエモーションとは、映画を観ている観客の心の中に生じるエモーションに他ならない、(略)つまり観客は映画を観ながら「演技」を鑑賞したいんじゃなくて、エモーションを感じたいんです。俳優が演技をしていることすら忘れて、映画や登場人物に没頭したいんです。観客をそこまでもっていけたときに、俳優は初めて優れた「被写体」になるんです。だから単に演じることの上をいくことなんですね、被写体になるっていうことは。(ジョルジュ・フランジュ「顔のない眼」)

「他者」から見られている自分を意識しているか否か、人物と人物の関係性を意識しているか否かにあります。単に俳優として共演者の演技を受けるだけでなくて、ひとりの人間として他人をどう意識しているのか、という問題です。(ガス・ヴァン・サントの「サイコ」における俳優の演技とヒッチコックの「サイコ」におけるアンソニー・パーキンスとジャネット・リ―の演技の違い)

(今の「喜劇役者」が)いまひとつピンとこないのは、たぶん、その人たちが「おかしい」ことをやろうとしているからなんですね。でも寅さんは別に、おかしいことをやろうとしているわけではないですよね、多少やるけれども、基本的には「ずれている」ことが大事で、常に他の人とは違うエモーションで生きている。そのことを人生のスタイルにしている、ということが大事なんであって、その場で感じたことを人より大仰にリアクションすることが喜劇俳優の役割ではないんです。(森崎東「男はつらいよ フーテンの寅」)


内から溢れ出てくるものと、ひたすら外から見つめることによって蓄積してきたもの―内側から生れ出ものと、外側からの蓄積によって見えてきたものがスパークした地点に立ち上がってきているもの、それを僕は「魂」と呼んでいるんです。(ジョン・カサヴェテス「こわれゆく女」)




寅さんの映画は涙あり笑いありで綴られてゆくけど、観客はそれである意味ホット安心するのがパターンだ。
ヒロインは結構深刻な問題を抱えたりしていて、それを寅さんが気にするなとばかりに軽い気持ちにさせてくれている。
寅さんがスクリーンに現れると、観客はヒロインの深刻な問題を軽くさせてくれることをどこかで期待する。
そしてその通り寅さんは、自分のヒロインへの思いを隠して見事に解決してくれる。
そんなストーリーを追っているあいだ、観客は寅さんや他の役者の演技などにはほとんど気にかけない。
役者はみんな本当は「演技をしている」のに、その場に定着して違和感がない。




役者はまばたきをしないでセリフを言うのが基本だと思います。
まばたきをするのも演技のうちという技術は最低限のもの。
それくらいわれわれは日常でまばたきをしている。
目はだから大事なんですね。

日本映画はTVも映画も?です。
主演は今一番人気のある十代や二十代の若い男女。
どうして、三十代とか四十代の俳優を使わないのか。
経験のない若者が主役だから映画が薄っぺらなものになっている。
映画やドラマが幼児化している。

それと演出でいうとカット割りが日本は少ない。
会話のシーンなんかでいつも思う。
喋っているシーンではきちんと役者の上半身を写してほしい。
なんでもないシーンなのに俳優の顔のアップが多いいのも不思議。

重要な場面になると、役者の顔をアップにして、長写しするのもやめてほしい。
観客はそんな写し方をしなくても、それくらいは読み取るよと言いたい。
とにかく説明的すぎる。
韓国映画のほうがよっぽど先を行っている気がする。
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by 2006taicho | 2017-04-13 09:22 | 最近読んだ本 | Comments(2)

サピエンス全史

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サピエンス全史(上)(下)文明の構造と人類の幸福 単行本 – 2016/9/8
ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳)

きっかけはアスリートの為末氏のtwitterだった。

このブログでは読みかけの本として何度か紹介しました。
ようやく読了しました。




内容は人類のすべてに及んでいて、一言で言うと人類史とその未来。
作者の知識の範囲がすごすぎる。
世界30カ国で翻訳出版され、ベストセラーに。

我々はすでにアンドロイド化しているという。
インターネット、パソコン、スマホ、携帯、各種カード決済を使いこなし、今やこれらのツールがなければ社会が成り立たなくなっている。
ほんの30~40年前には考えられないくらいの進歩だという。
そして今の人類はかつてないほど平和の時代を迎えている、ということを証明してくれる。
エネルギーの枯渇などは全く心配ないことも証明してくれる。
人類の進歩と発展は「善」だということに反対するヒトは少ないだろう。
人類は「自分は何も知らない」ことに気づいて、科学の発展を成し遂げ、終わりのない研究を続けていくだろう。
人々はそれに驚き、資本家はその発明発見を利用し利益を生み出すだろう。



「個人」の尊重。
その結果、地域の絆、面倒をみたり、みてもらったり、相談したり、時には手伝ってもらったり、手伝ったり、年長者の知恵を聞いたり。
わかりやすく言うと、昭和30年代の日本、たとえば「三丁目に夕日」のような地域社会を失っていった。
それは必然であったのだろう、他の学者のようにいいとか悪いとかではなく、作者は、それがサピエンスの選んだ道だという。
そしてなぜその道を選んだのだろうという。
科学の発展は個人の尊重なのだろうかという。



遺伝子工学の世界では、マウスを使って浮気をしないマウスを作ることに成功しているし、マンモスも復元、ネアンデルタール人の復元も可能で、代理母を申し出た女性もいるという。


アルツハイマー病の薬が開発されたら、人類はそれをもっと有効にするだろう。健康な人に投与して超人的な記憶力を獲得することも可能になる。


片腕を失ったひとのために開発されているバイオニックアームは、本物の腕以上の腕力を獲得できる。しかもそれは数年ごとに取り替えられ、腕から取り外し遠隔操作もできるという。



最も革命的なのは、脳とコンピューターを直接結ぶ双方向型のインターフェイスを発明する試みだ。
コンピューターで人間の脳の電気信号を読み取ると同時に、脳が解読できる信号を脳に送り込むことができる。それをインターネットにつないだらどうなるか、人間の記憶や意識やアイデンティティに何が起こるだろう。一人のサイボーグが、別のサイボーグの記憶を検索できる。まるで自分自身の記憶のように直接思いだせるのだ。心が集合的になったら、自己や性別のアイデンティティなどの概念はどうなるのか?

そのようなサイボーグはもはや人間ではなく、生物でさえないだろう。
あまりに根本的に違いすぎて、それが持つ哲学的意味も、心理学的意味合いも、政治的意味合いも私たちには到底把握できない。


多くのプログラマーは作り手から独立して、自由に学習したりできるプログラム生み出すことを夢見ている。
それが実現すれば、そのプログラムは創作者も他の誰も予想できない方向に自由に進化することになる。
そしてこのようなプログラムはすでに存在している。
コンピューターウイルスだ。
ある日、そのウイルスをコピーするときミスが起こる。
コンピューター版の突然変異だ。変異したウイルスがそれまでのウイルスより抗体が強かったらどうなるか。

2005年に始まったヒューマンブレインプロジェクトの責任者によれば、10年か20年のうちに人間とほとんど同じように話したり振る舞ったりできる人工の人間の脳をコンピュターの中に完成できるという。
もしそれが完成すれば、生命は40億年にわたって有機化合物の小さな世界で動き回ってきた後、突如、広大な非有機的領域に飛び出し、私達には想像もつかないような形をとれることになる。
このプロジェクトは2013年、欧州連合から100億円以上の補助金を受け取った。


つまりヒト科のわれわれは、頭脳明晰で絶えず進歩し変革する。
その変革物を利用し新しい価値観を生み出し、新しい生活スタイルを生み出してきた。
そしてその頭脳明晰な我々は、我々の代わりをしてくれるものを作り出すだろうという。
そしてその作業はすでに始まっているという。

最後に作者は言う。

「我々は何を望んでいるんだろう」

「我々は何を望まなければならないのだろう」







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by 2006taicho | 2017-02-24 15:55 | 最近読んだ本 | Comments(0)

二足歩行

人間は二足歩行になって進化のスピードがアップしました。
手を使えるようになったからだそうです。
同時に苦難も発生したそうです。
それは肩こり、腰痛です。
脳が他の動物よりも大きく、それを支える首の疲労で肩にくるわけです。
それと、二足歩行には腰回りをスリムにする必要があったそうで、そこから腰痛も始まりました。

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もう一つはこれは重大な変化です。
女性の出産です。
腰回りが次第にスリムになると同時に、産道も細くなりました。
結果、死産が増え、乳幼児の死亡率は高くなりました。
今のように十月十日の時代ではなく、出産はもっと長い期間を経て出産をしていたそうです。
つまり胎児の頭部などが肥大しているのに、産道は狭くなっていたので、出産は危険に状態になっていったというわけです。
しかし、早産の場合は死亡率が低いことに次第に気づきました。
そういう進化を遂げたそうですが、これには続きがあって、その結果、生まれたばかりの赤ちゃんは自分ではなにもできません。
他の動物のように、生まれて数時間後に歩けるということができないのです。
つまり、母親の保護なしでは死んでしまうこになるのです。
そこで、仲間で次第に助け合うようになっていったというのです。

もう一つは教育の発生です。
他の動物と決定的に違う部分です。
他の動物達は、食料の狩猟の方法、敵を察知する力などを親から学ぶだけです。
ライオンやゴリラや馬や牛は、あくまで生涯その生き方を変えることはありません。

人間の子供だけは母親や父親を中心に、社会へ出たときの教育を受けます。
おっとりした性格、短気な性格、粗暴な性格、温和な性格に育てることができます。
キリスト教徒、仏教徒にもなれますし、資本主義者、共産主義者にもなれます。
戦争を好む人間、平和を愛する人間に仕立て上げることもできます。

二足歩行によって受けた影響がこんな結果を生みました。
仲間で集団で育てる、という小さいけれど社会の発生と絆の誕生です。
もちろん、そういう進化を遂げるまでには、何千年という歳月が必要だったというのです。

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by 2006taicho | 2017-02-06 01:38 | 最近読んだ本 | Comments(0)

何種類もの人間がいた

まだ読み終わっていない本なんですが、断続的に紹介したいと思います。



今のすべての人間は、分類上、ホモ(人間)サピエンス(賢い)という一種類になります。
トランプ大統領もピコ太郎も同じ仲間です。


人類誕生は25万年前だそうです。
人間は、東アフリカで誕生し、ルドルフフェンシス、エレクトス、ネアンデルタール人などです。
彼らは、東アフリカ、東アジア、ヨーロッパ西部を歩き回ったそうです。
知らなかったのは、ヒト科の人間が、何種類も同じ時期に地球上に存在していたということです。
白人、黒人、黄色人種という区別ではありません。

ネコ科にはライオン、チーター、ネコなどがいますが、ネコ科の動物たちにも絶滅したものもいたはずです。
ヒト科の我々も同じだということです。
ヒト科にもいろんな種類の人間がいたのですが、他の種類の人間は絶滅したのです。



そのヒト科の中には、大柄なものもいて、矮小なものもいて、恐ろしい狩人もいて、温和な食物採集者もいたというのです。
多くのヒト科の人類は大陸を歩き回りました。
その全てがヒト科のホモ属(人間という意味)で、彼らはみな人間だったというのです。



その頃の人間という動物はウサギや、狐や、イノシシは捕獲したでしょうが、ライオンなどの肉食動物に怯え、自然界では取るに足らない存在だったそうです。
つまり、食物連鎖っていうやつです。
食物連鎖の頂点にいるライオンや象には勝てませんからね。

その頃の人間の位置はどのあたりだったんでしょうね。


今の人間は明らかに食物連鎖からみれば頂点に立っています。
ライオンや象を捕獲する多くの武器や道具を作り出したからです。





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こういう図が人類は単一の生き物だったと思わせるのでしょうね。
北京原人とかクロマニヨン人とかネアンダルタール人とかの末裔として、我々ホモ・サピエンスが存在するというのは間違いだったというのです。





どうしてホモ・サピエンスだけが生き残ったのでしょう。
今、その部分を読んでいるところです。







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by 2006taicho | 2017-02-04 00:57 | 最近読んだ本 | Comments(0)

日本人と天皇

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マンガ 「日本人と天皇」 雁屋 哲 (著), シュガー佐藤
いそっぷ社 (2000/12出版) Amazon中古 1,620円


マンガと解説の二本立てで非常に分かりやすい。
出版はちょっと古いけど、知っておいたほうがいいこと、知りたかったことが満載。

昨年天皇が生前退位を希望しているので、タイムリーで興味深い。

安倍さんたちは、今の天皇限りの特別立法で対応しようとしているけど、天皇の本意とは違う。
今年は天皇の今の政権への出方が注目されることになりそう。

日本社会に蔓延している、天皇批判へのタブー視。
この本はそれを的確に指摘している。

戦後マッカーサーの指示で「象徴天皇」になった意図や経緯などは知られている。
けど、天皇家の歴史が、いかに尊敬に値しないことかは知られていない。
権力側は、天皇制は国民を統治する手段なので暗部は隠されている。
安倍さんたちは、天皇を国家元首にして、憲法改正を目指しているが、海外からの批判は免れない。
天皇を国家元首にという発想は明治憲法に戻るということになる。
明治憲法は国民は臣民といって、天皇の支配する子供ということになる。

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現存する日本最古の本として「日本書記」の中に天皇家の由来や歴史が綴られている。
日本書記は当時の天皇の命で編纂されている。
その皇室の歴史は血なまぐさいことこのうえない。
天皇家の歴史はとても国民が敬う歴史ではない。


また、「君が代」についても今の我々の認識がいかに間違えているか明確にしてくれる。
君が代は、長寿を祝う歌であり、江戸時代は浄瑠璃や小唄として唄われ、正月の祝い唄であり、宴会などのときの締めの唄として庶民になじんでいたという。
君が代の君は決して天皇のことではなく、長寿を迎えた本人であるという。

江戸時代まで、庶民にとってお上とは、藩主のことであり、統治も徳川幕府が行っていたので、庶民にとって天皇という存在はほとんど意識されていなかったという。

つまり、天皇は明治時代から時の権力に使われ始めたということ。
「君が代」は天皇を敬うための、周知徹底の手段として洗脳教育に使われ始めたということ。

天皇に苗字はなく、戸籍もない。
なぜか?天皇だから、われわれはそう信じ込んでいる。
戦後、人間宣言をしたのに苗字もなく戸籍もないなんて、明らかにおかしい。

外国の見方は、ヒトラーと同じくらいの国民を死なせたのに、なぜ日本の天皇は罰せられることなく、戦後も象徴として君臨しているのか、という意見が大半だ。
我々、日本人はそれに明確に答えられない。

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アジアの国々を侵略し、筆舌に耐えがたい行為をしたことに対して、謝罪もしない。
そして、その事実こそが日本人の曖昧さ、責任を取らない国民気質につながっているという。
だって天皇さえきちんと責任を取っていないから・・・・・。
今も我々日本人はその気質で生きている。
天皇については批判を口にしない、という暗黙の了解で生きている。


被災地を見舞う天皇に自然と頭を下げ、感動する庶民。
今年も一般参賀という名のもと、多くの国民が天皇を仰ぎ見て、感動し涙を流す人さえいる。


天皇は男子に限られ、政治には関与せず、誰が選んだわけでもないのに、日本国の象徴であるという。
亡くなっても崩御といい、死亡とはいわない。
労働をせず、国家予算を充てられた存在で、古式ゆかしい儀式の名のもと宮中行事を行っているらしいが、国民はそれがなにに由来するのか、国にとって、どんな意味があるのか知らない。

埋め込まれた認識
天皇だから、皇室だからいいんだ。
しかし、それを子供たちにも、外国の人にも、きちんと説明できない。



君が代 知識
905年、後醍醐天皇の命により「古今和歌集」が編纂された。その中に詠み人知らずで登場。
明治になり、イギリスの軍楽隊長に勧められ、イギリス軍人に作曲してもらった。
しかし、歌詞にあっていなかったので、宮内庁雅楽課に依頼。
1880年、林広守が作曲。海軍省儒教師のフランツ・エッケルトが編曲して完成。









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by 2006taicho | 2017-01-02 03:28 | 最近読んだ本 | Comments(2)

「唐牛伝」佐野眞一

最新本を読んだ。






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「唐牛伝」 佐野眞一
小学館 2016年8月出版 Amazon kindle版 1,555円

主人公・唐牛(かろうじ)健太郎 1937-1984 47歳没
60年安保闘争のときの全学連委員長。
その唐牛の波乱万丈の人生を追った一冊。
この本の紹介にはこうある。
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革命なんて、しゃらくせえ!

「昭和の妖怪」岸信介と対峙し、
「聖女」樺美智子の十字架を背負い、
「三代目山口組組長」田岡一雄と
「最後の黒幕」田中清玄の寵愛を受け、
「思想界の巨人」吉本隆明と共闘し、
「不随の病院王」徳田虎雄の参謀になった
全学連元委員長、47年の軌跡。

この紹介文だけで十分波乱な人生、まずわれわれには経験できない人生を送ったことがわかる。
500万人の学生・若者の頂点に立った男。
全学連委員長といえば当時は泣く子も黙る存在で、若者の尊敬の象徴的存在。
主人公が実際に全学連委員長として活躍したのはわずか一年間。

東大安田講堂占拠の時代は彼は32歳で、すでにそこにはいない。
その時代は全共闘時代。

その後の生き様は、全学連元委員長としての十字架を背負って生きていった感が強い。

それにしても、人間関係がすごい。
学生運動終結後、各自就職するのだが、高名な学者、文化人がやはり多い。

安部総理のお爺さんに決然と反旗を翻した男。
彼を知る人たちは「とにかく魅力的な男だった」という。
生きていれば79歳、今の政権をどう言うか。





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by 2006taicho | 2016-11-19 11:06 | 最近読んだ本 | Comments(0)

東電OL殺人事件

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「東電OL殺人事件」佐野眞一 
新潮文庫 2003年出版 amazon中古1円 

東電OL殺人事件、1997年(平成9年)3月9日未明に、東京電力の幹部社員だった女性が、東京都渋谷区円山町にあるアパートで殺害された事件。
あるネパール人が犯人として逮捕・収監されたが、後に冤罪とされ釈放された。

19年も前の事件だが、当時のマスコミはこぞって報道し加熱した。
東電のエリート女子社員が、夜は売春婦となって渋谷円山町に出没し、古いアパートの一室で絞殺される。
警察は隣のビルに住む、不法滞在者のネパール人を逮捕起訴する。
一審無罪、二審無期懲役、高裁での再審で無罪が確定。
高裁での再審では起訴した検察自身も無罪を主張するという異例の裁判。
結局真犯人は現在も捕まっていない、未解決事件になっている。

ちなみに、二審の高裁で最初に無期懲役を言い渡した裁判長は、あの足利事件で菅家さんに無期懲役を言い渡した裁判官。その後冤罪が判明し菅家さんは無罪となる。
この裁判官は狭山事件でも被告の再審請求を棄却している。

衝撃的な事実、不可解な事実が次々と現れるので、途中でやめられない。
最終章のほうで、著者は精神分析医と対談するが、その精神分析医の分析が怖い。
(知りたい人はぜひ購読を)
この事件は、ほかにも小説になったり、映画化されたりと話題に事欠かない。
この取材ルポ作品自体の評価も様々だ。
個人的には評価できる作品になっていると思う。





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by 2006taicho | 2016-11-19 00:57 | 最近読んだ本 | Comments(0)

原発プロバガンダ

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原発プロバガンダ 本間 龍 2016年 発行 岩波新書
中古502円



筆者は広告代理店博報堂に18年間勤務。
電通を代表とする広告代理店が、原子力団体と手を組んで、いかに真実とは違うイメージを国民の頭に刷り込んできたかという一冊。

福島の事故前までに、原発安全キャンペーンは過去40年間で4兆2000億円以上を使っている。
筆者は、本当に安全ならこんなに宣伝する必要はないはずだと明快だ。

しかもこの4兆2000億円という宣伝費は、我々が支払っている電気料金から出ている。
東電だけでも毎年200億円という驚きの宣伝費。毎月16.6億円!
ほとんどが電通と博報堂を通し、ローカル局のTVや地方新聞、雑誌に広告をうっている。
地方のTV、新聞社にとって、経営を支えるほどの金額なので、原発について批判的な報道をできなくなる。


福島の事故までは安全安心をメインにしてきたが、事故後はそうもいかず現在は「風評被害対策」のキャンペーンに移行している。
二年前くらいから地方を中心にこのキャンペーンが復活している。
特に熱心なのは中部電力らしい。
静岡新聞を中心にキャンペーンをうっているらしい。
それとご存知、読売新聞。(日本に原子力を持ち込んだのは正力松太郎)

福島事故前も今も、原発推進に多くの著名人を使っている。

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特に福島の事故以降、ギャラは跳ね上がっているらしい。

こういうキャンペーンは原発立地県をメインにやっているので、東京に住んでいると実感はもてない。
また、同時に現地のコミュニテイーセンターなどを使って「説明会」なども頻繁にやっていて、住民への働きかけを地道にやっている。

日本原子力産業協会に加盟している企業・団体はこちら
この加盟リストを眺めていれば、政府が再稼動を進める理由がわかる。
大熊町や楢葉町といった帰宅困難地域の自治体も加盟している。


原発は安全から風評被害対策へとシフトして巨額の広告資金が投入されている。
筆者は
「これには意図があり、政府や東電は風評被害対策として地場産業を後押ししているが、実態は責任の所在を不透明にしているにすぎない」という。
その証拠にあれほど安全だと説明してきた原発が、ちっとも安全ではないことが暴露され、いまだにふるさとに戻れない人がいることの責任にはまったくふれていないからだ。


まあ、ほんとうにこれは沖縄の基地と表裏一体なんだと思う。
原発と基地、それにともなう地元への巨額の補助金という構造。
真実を隠蔽し国民を欺き続ける広告代理店の電通。
その力に従属してしまうTV、新聞、週刊誌、雑誌など。


10月20日東京新聞
東京電力福島第一原発の事故処理、廃炉、最終処分場建設、核燃サイクルに最低でも約三十兆円かかることが本紙の調べで分かった。十九日には、経済産業省が有識者会合の作業部会を開き、規制変更によって廃炉が決まった原発の廃炉費用を電気料金に上乗せする方針を固めた。高速増殖炉もんじゅの行き詰まりなど原発政策の矛盾が拡大する中、政府が国民負担を増やそうとする論議が本格化する。すでに国民は電気料金や税金で十四兆円を負担しており、今後、さらに十六兆円以上の負担を迫られる可能性がある。


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by 2006taicho | 2016-10-24 23:31 | 最近読んだ本 | Comments(2)