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高校野球は予選真っ最中。
我が母校は早々に姿を消したが、息子の母校はなんとシード校だった。
トーナメント表というのはお目当ての高校をさがすのが大変だが、今回は左下にどんと構えていた。
監督は息子とバッテリーを組んだK監督で順調に勝ち進んでいる。

中学の時はよくうちに泊まりに来た。
母校の高校の教師になり、マナーのよい、いい青年になった。



d0098363_239887.jpg毎年この時期になると思い出す。
選手はみんな気合が入っているが、父母は父母で大変だった。
野球部OBや関係者用は無料で入れるようにと、入場券を100枚用意し、入り口で待機したり。
(入場券係は試合が始まってもしばらく中に入れないので、一年生の父母がやるのが決まりだった)
氷ひとつ準備するのでもわざわざ氷屋さんまで買いに走った。
コンビニの氷はすぐ溶けてしまうが、氷屋さんのは長持ちするからだ。
ポカリスエットやバナナやウインダーゼリーも50人分とか。
3年生の父母の接待もあり、アイスコーヒーも別に用意した。

勝ち進むと次の試合が二日後とか、最後は連日になる。
そうなると、父母は会社に言って休暇をとる。
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負けると三年生たちから最後のコトバがある。
みんな悔しさでコトバにつまって絞り出すように1、2年生にコトバを贈る。
それを聞きながら1、2年生たちは8月から始まる夏季練習に力を入れる。
夏休みなど殆ど無い。
9月からは秋の大会が始まるのだ。
今度は自分たちの番だ。
先輩の悔しさを晴らすんだ。
選手たちは「青春」真っ只中にいた。
8月の夏季練習には父母も応援する。
土日はすべて練習グランドへ、厚木の山の中にグランドはあった。
朝六時には息子を乗せて車で出発し、帰りは夕方7時近く。
私は我が家のビデオ係で、その日の練習試合の様子をみながら夕飯。
ああでもない、こうでもないと。
夏休みの家族旅行などは話題にもならなかった。
そういえば野球部の父母会は、校名入りのポロシャツを着る決まりだった。

慰労会では当時の監督と夜明けまで飲んだっけ。
そして今は息子の女房役だった選手が監督をやっている。
来年、甲子園大会は春のセンバツが90回、夏は100回目を迎える。
時は流れるなのだ。









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とうもろこしをやられちゃいました。
サルなのかキョンなのかキジなのかカラスなのか、犯人はわかりません。

まだ身がついていない段階だったのでのんびりしていたらこの始末。
ほんのちょっとでも芽が出てきたら、躊躇なくネットを張るべきでした。
まあ、来年への教訓として。

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こちらはまだ?大丈夫。

一応センサーをつけているので・・・・・
でもなんか頼りない。
こんなおもちゃみたいなもので大丈夫か、っていう感じなのだ。




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愛用のTHERMOSサーモスの水筒。
冷蔵庫で冷した茶を入れ替えれば約半日はもつ、氷もいらない。
水滴もつかないのでテーブルを拭く必要もない。
冬はホット。
出かけるときも必需品。






幼い子どもたちは地面に近い。
田舎のおじいさんも地面に近い暮らしぶりだ。
別に腰が曲がってきたからではない。

東京生活のころ、里芋やスイカやトマトやきゅうりを作るとは思わなかった。
興味の対象が違っていた。
そんなのんびりしたことは、と最初から除外していた。
優先順位が違っていたのだ。
地面が遠かった。

あえていえば、仲間とアウトドアーを楽しんだのは、そういう兆しがあったのだろうと思う。
島ぐらしの人がみんな野菜を作っているわけでもない。

日常はマイペースだ。
やらなきゃいけないこともその日の気分次第。
晴耕雨読もやっている。
太平洋まで5分だ。
それでいいと、それでよかったと思う。







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by 2006taicho | 2017-07-20 22:29 | Comments(0)

室井佑月と小林節

『小林節が「安倍政権を倒すためには、まず民進党を潰さないと!」と衝撃発言!
はたして室井佑月の反応は…』


この二人の対談が面白いしわかりやすい。
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7/15 LITERA
たとえば、女性が3人いると、「全員天皇陛下好みにならなきゃいかんよ」というのが全体主義。北朝鮮の「美人」軍団がいい例です。殿様好みの容姿になれ。これが全体主義。ところが個人主義は女性が3人いたら「3種類の美しさがある」ということになるんです。
室井 そのたとえは、女性にはなかなかぐっときますね(笑)。でも、安倍政権の考える改憲が全体主義だという怖さがあまり国民には伝わっていない。私なんかでも“権利と義務はセットだから”なんて言われると、一瞬そうなのかなって思っちゃいます。でも、それはおかしいってことですか。

全文を読む
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by 2006taicho | 2017-07-16 01:57 | Comments(0)

還暦祝いのお知らせ


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by 2006taicho | 2017-04-03 04:39 | Comments(0)

還暦祝いのお知らせ


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by 2006taicho | 2017-04-03 04:38 | Comments(0)

福島原発訴訟 地裁判断

原告、笑顔なき勝訴…「苦労報われぬ」3/17 琉球新報 全文
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笑顔なき「一部勝訴」だった。17日の原発避難者訴訟の判決で、前橋地裁は東京電力と国の賠償責任は認めたものの、命じた賠償額は1人当たり1100万円の請求額には程遠かった。古里を奪われた代償を求めて3年半。大半の原告が周囲に知られないように名前も伏せ、息をひそめるようにして闘ってきた。「もっと寄り添ってくれる判決を期待していたのに」。原告の顔には落胆の表情が浮かんだ。【尾崎修二、山本有紀、鈴木敦子】

 ◇認定、137人の半分以下

 「この6年間つらいことばかりだった。その賠償が、この金額で納得できるかな……」。判決後の集会で壇上に立った原告の丹治(たんじ)杉江さん(60)はこう言って言葉に詰まった。

 原発事故当時、福島県いわき市に住んでいた。夫の幹夫さん(63)はワープロ修理業を営み全国から注文を受けていたが、事故後、「福島にワープロを送るのは……」と敬遠され、注文が激減した。

 事故の4カ月後、夫と群馬県へ自主避難した。私たちだけ逃げる選択をした−−。福島にとどまった人たちへの後ろめたさはずっと消えない。それでも「原発事故を繰り返してはいけない」との思いから、群馬県内で脱原発の集会や街頭活動に積極的に参加し、避難者訴訟の原告にも加わった。

 原告は137人45世帯。丹治さんを含めほぼ全世帯の代表が法廷に立ち、避難の苦しみや東電と国への怒りを訴えた。しかし、原告の中に名前を公にしている人はほとんどいない。「裁判をしていると周囲に知られたら、子どもが差別を受け、仕事へ影響することを恐れている」ためだ。丹治さん自身も「裁判すれば金(賠償金)がもらえるんでしょ」と、心ない言葉を受けたことがある。

 国の指針に基づくと、自主避難の場合、東電からの慰謝料は生活費との合算で総額8万円。原告を突き動かしてきたのは「ふるさとを奪われた苦しみへの賠償が不十分」という思いだった。だが、判決で賠償が認められたのは原告の半分以下の62人。賠償額が7万円だけという人もいた。

 「もっと温かい判決を期待していたのに」。喪服姿で傍聴した原告の50代女性は、判決の内容を知って肩を落とした。いわき市で暮らしていたが、事故の影響でパート勤めしていた会社が業績不振に陥り、解雇された。

 被ばくへの不安もあり、夫と共に群馬県へ避難したのは2カ月後。翌年、県の借り上げアパートに入居できて生活が落ち着いた後に夫が悪性脳腫瘍で倒れ、14年秋に52歳で帰らぬ人となった。

 いまだに働く元気も出ない。頼りは貯金と夫の遺族年金だけ。しかし、今月末で福島県による住宅補助も打ち切られる。地裁が認めた賠償額は「想像できないぐらい低い額」だった。この6年間の苦しみは何だったのか。「これでは主人にも報告できない」。女性はそう言って涙をぬぐった。

 ◇「国と東電が断罪された」福島訴訟の原告

 前橋地裁は、各地で起こされている同様な原発避難者訴訟の中で最初に判決を言い渡した。各地で同様の訴訟を起こしている原告や弁護団も17日は前橋市を訪れて見守った。

 福島県いわき市の訴訟の原告で、「原発被害者訴訟原告団全国連絡会」の佐藤三男事務局長(72)は「国と東電が断罪された。両者の責任が明らかになったことは大きい」と話しつつ、「私たちの被害の実態や苦しみが分かっていないのではないか。お金のために裁判をやっているのではないが、損害認定には納得できない」と不満をもらした。【鈴木敦子】

 ◇積極的指揮とる…原裁判長
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 原発避難者訴訟で国と東電に賠償を命じた前橋地裁の原道子裁判長(59)は1985年に裁判官となった。千葉、東京、宇都宮地裁を経て2013年から前橋地裁で裁判長をしている。

 今回の訴訟では積極的な訴訟指揮を執り、月1回のペースで口頭弁論や争点整理の期日を設定。昨年5月には福島第1原発の30キロ圏内にある原告4世帯の自宅を検証した。福島地裁を除き、各地の集団訴訟では初の現地検証だった。【尾崎修二】




福島原発訴訟の初の司法の判断が出た。
一応、原告の勝利だが、これはまだ一審段階、国や東電はおそらく控訴し、高裁、最高裁までいくだろう。
原発訴訟はこれ以外に20以上の訴訟が起こされている。
それ以外に子どもたちの被爆や、作業員の被爆の訴訟も今後、どんどん増えてゆくだろう。
最高裁まで争った結果はどうかというと、
憲法の規定は、最高裁長官は内閣が指名して天皇が任命する(6条2項)。そして、最高裁長官以外の裁判官は内閣が任命する。
つまり安倍さんが指名できるわけだ。
安倍さんは被災地を訪れるたびに、「早期復興を目指し、政府としてしっかり寄り添って行きたい」などと言っている。
それが本当なら、
「こんな低額な賠償金では原告は納得出来ないだろう、国として賠償額のアップのために控訴する」くらいのことを言うべきだろうが、そんなことは彼の頭にはない。
安倍さんの最大の支援団体の日本会議の名誉会長は、元最高裁長官だ。
「まだ、一審だろ?」
支配層の声が聴こえる。

しかし、声を挙げれば必ず勝利するのは一般国民だということは歴史が証明している。

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by 2006taicho | 2017-03-18 00:25 | Comments(0)

テレビ東京が勇気を持って先陣を切り、テレビ朝日とTBSテレビが後を追ったメデイア報道。
NHKニュースを見ている国民は、森友学園のことがなんのことかわからない状態になっている。
これでは北朝鮮の国民と同じ。
今回、森友学園の疑惑をしつこく掲載しているのは、疑惑自体も大問題だが、
ときの権力に都合の悪いニュースをメデイアがどういう姿勢で報道するかを確認してもらいたいからだ。
なぜなら、これからも権力に都合の悪いニュースは発生し続けるからだ。




まだ国会で取り上げらていないことをお知らせします。
いずれにしても数日で取り上げられると思います。


松井知事と橋本氏への疑惑
森友学園が大阪府に私立小学校の認可申請をする前に、設置基準を緩和するように申し入れ、府が要件を緩和していたことが判明。
大阪府の松井知事は「緩和は適正」と。

12月18日=大阪府教委の私学審議会で、小学校設置申請を却下
12月24日=安倍総理と松井知事が食事。橋下徹氏が同席
1月27日=大阪府教委の私学審議会が唐突に臨時会開催し1ヶ月前の決定を覆し、認可を認める。
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現在は認可相当となっているが、追求を恐れて再調査、認可取り消しもあると言い出す。
橋本徹氏は、他の事例を持ち出し正面から回答していない。
つまり、追求のほこ先をそらしている。
維新の会はどんな見返りを約束しているんだろう。


登記簿の疑惑
移転登記の疑惑
騒音対策で国が持っていた土地を、騒音対策が完了したということで、関空国際空港へ売却。
登記簿謄本上、所有者は関空へ移転登記。
当然の処理だが、その後、「錯誤」を理由に所有者がなぜか国に戻されている
本来なら、森友学園は関空から土地を買えばよかったのに、なぜか国から買っている。
しかも破格に安い価格で。


21億円融資疑惑
みずほ銀行から森友学園へ21億円の融資。
2015年9月4日大阪、安倍総理は元りそな銀行高槻支店次長の冬柴大氏が経営する海鮮料理店「かき鉄」で会食。
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写真は当時の写真。

その後、りそな銀行は森友学園に校舎の建築費21億円を融資。
担保となる財産もない森友学園へなぜ21億円も融資したのか
森友学園は資金がないから分割で契約している。
こういう事例は異例契約というのは財務省もみとめている。
一年後、今度は一転して現金購入に切り替えている。


2/27安倍さんは赤坂飯店で緊急対策会議を開催している。詳細はこちら
集まったのは報道各社の現場キャップで、安倍政権をメデイア側で支えているメンバー。
このメンバーは安倍さんの諜報部員。
自分の上司も知らないことを知っている現場のトップで、出世意欲満々の記者たち。
大方の予想では、とにかく今週末は、石原慎太郎の記者会見を大々的に報道して、小池都知事の反応を派手に報道し、その次は6年目になる3.11に世間の目をそらそうという作戦らしい。
そうして時間を稼ぎ、官僚、維新の会、森友学園などとシナリオの確認をするという段取り。
そうして20日前後は都議会の百条委員会に注目が集まるから、それでおそらく国民はごまかせる。


果たしてそのとおりにことが運ぶだろうか。
この様子だとまだまだ疑惑の実態は明らかにされるだろう。
期待したいのは官僚側からのリーク(告発)だ。
今でも安倍さんたちは危ない状態だが、これが出たら完全にアウト、解散総選挙だろう。

国会中継がお気に入りになったきた。
24時間見られるし、途中で中断し再開することもできるし、生中継でも見られる。
NHKの国会中継なんか不要だ。
国会中継をみるなら下記をクリック。
参議院
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今日の参議院の中継を観るなら、カレンダーをクリックして予算委員会をクリック。


 衆議院はこちら 画像クリック
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by 2006taicho | 2017-03-01 19:27 | Comments(0)

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近所の景色/無能の人 つげ義春 ちくま文庫 2009年出版
Amazon中古400円

昔、貸本屋があったことを知っている人には欠かせないつげ義春。
今のコミック本とはまったく違う作品。
当時も漫画といえば、少年少女の胸躍らすようなストーリーが主流だったので、当時から異色の漫画家だった。
つげ作品に出会ったのは20歳のころ、結構衝撃的だった。
代表作の「紅い花」と「ねじ式」

とにかく暗い、そして主人公は極貧。

読者に受ける作品というものから一番遠いところにいるなあ、という印象。
私小説を、リアルな描写で漫画として描いているところがほかにはなかった。
水木しげるは妖怪を扱ったが、つげ義春の場合は自分の私生活。



もうひとつは彼は幼少のころ伊豆大島で暮らしている。
父親が旅館の板長で、そのころがつげにとって一番幸せな時期だったらしい。

父の病死から次第に生活は苦しくなり、母親と妻を立て続けに亡くし、子供は統合失調症で、自分自身もさまざまな病気に襲われる。
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現在79歳。
















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by 2006taicho | 2016-11-30 00:33 | Comments(0)

大相撲は白鵬が立会にかわって日馬富士を破り優勝。
横綱同士の対戦は1秒で終わった。
場内はちょっと異様な雰囲気に。
解説の元北の富士は「こういうことはいかんね」と苦言。
相撲ファンならがっかりだろう。



日本女子のカーリング世界大会が盛り上がっている。
おかげで少々寝不足気味。
明日は早朝6時から決勝。
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今回はこの人はいない。
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センバツ高校野球もいよいよ佳境。
明日は秀学館-木更津総合の試合がみもの。
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by 2006taicho | 2016-03-27 18:42 | Comments(0)

人生初の入院

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2/24から3/2まで入院していました。

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先月、風邪気味でよく咳が出ていました。
それ以外は熱もなく平気だったのですが。
ある日夜中に突然左の耳が聞こえなくなりました。
それでも翌朝、起きると聞こえていました。
なんとなく大丈夫かなあと思いつつ内心ホットしていました。
そして東京へ。
二日間連ちゃんで遅すぎる新年会をやり帰島。
このとき異変が有り、再度左耳だけが聞こえなくなりました。
そこで翌週また上京し、病院で検査を受けました。

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医師の診断は「突発性難聴」ということで、入院を勧められました。
入院なんて人生初だし、いやだなあと悩みましたが、かみさんと息子の嫁に強く勧められやむなく撃沈。
なんと、息子の嫁も昨年の12月に同じ病気になり治療したとのこと。
「絶対入院して治さなきゃ駄目!」
なんだかなあ・・・・

入院一日目から音感検査+問診
一週間から十日間の入院の見込みとのこと。
あとはステロイド剤を点滴で。
そして夕食
疲れていたせいか夜は意外と眠れる。
病室は一般病棟の六人部屋。
しかし三人しかいない。
深夜の病室というものを初めて体験。
静かだ。


二日目に西田氏がお見舞いにやってきてくれました。
午前中点滴を二回、夜一回。
夜は眠れずひたすら読書。
耳の様子は少し改善。

三日目あたりからすっかり慣れる。
体温、血圧、血糖値検査、朝食、点滴が午前中で終わる。
あとは夜九時からの点滴で終了。
点滴用のスタンドをガラガラ鳴らしながら歩くと、いかにも患者さんらしいと思っていたが、やはりこれは絵になるなどと思った。

土曜日は西田氏と横山さん。
ウオームアップ用のウエアを差し入れしてもらいました。



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日曜日は息子一家。
久しぶりに孫と対面し、「ジージ」と言われながら記念写真。



入院六日目、再度音感検査。
結果はよくなっているとのこと。

入院七日目、”明日で退院”決定が出る。
退院後の治療は、島の病院宛てに紹介状を書いてもらい、薬で治しましょうとのこと。
良かった。
会社とかみさんに連絡。

入院八日目
午前中の検査と点滴を終え無事退院。




さっそく夜は「退院祝い」


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耳のほうは半分くらいの回復状態。
まあ、薬でじっくり治しましょう。
医師は数か月かかるかもしれないという。


入院しての感想は「傷ついた」ということ。
自信が揺らいだ。

よかったことは、ありきたりだけど”規則正しい生活”の重要さ。
朝昼晩と毎日同じ時間に食事をとるなんて、思いだせないくらい昔の話。
年相応に暮らしましょう。
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by 2006taicho | 2016-03-04 13:16 | Comments(0)

「調査報道がジャーナリズムを変える」
田島泰彦 山本博 原寿雄/著 花伝社 発行2011.6.3


この本に掲載された一部を紹介します。
新聞報道の実態を知っていただきたいと思います。
また、現代の「テレビ・新聞の報道」についてどういう姿勢が大切か考えるヒントになればと思います。


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足利事件。


1990年5月、父親に連れられて、足利市内のパチンコ店に来ていた幼女が行方不明となった。
翌朝、近くの渡良瀬川の河川敷の中州から遺体となって発見、犯人は現場から逃走していた。

一年半後、栃木県警が逮捕したのは、元幼稚園バスの運転手、菅家さんだった。
逮捕の根拠は自供と、DNA鑑定だった。

当時は、栃木県と群馬県で、連続して5件の幼女誘拐殺害事件が、発生していた。
反抗の時間帯、手口も似通っていた。
しかし、菅家さんは一件の容疑でしか起訴されなかった。
自供は曖昧、証拠は不十分だったからだ。

菅家さんは一審の途中から無罪を主張したが、最高裁で無期懲役が決定。
しかし検察は、これで少なくても3件の事件は解決したと、胸を張った。

2007年、日本テレビに所属していた記者は、「ACTION」という報道番組の企画に参加していた。
その中で記者は未解決事件を提案した。
それがきっかけだった。

菅家さんは獄中から再審請求を行っていた。
法務省は確定囚との面会は認めない。
したがって、記者の取材は獄中との文通だけが取材の糸口だった。
菅家さんは
「DNA鑑定をもう一度してくれえばわかります、犯人はほかにいます」
と訴えた。

記者は自供調書を暗記するほど読み込み、検証した。
調書では犯人は子供に
「自転車に乗るかい?」と声をかけている。
荷台に真美ちゃんを乗せて河川敷まで行き殺害したとなっていた。
しかし、取材を進めると、まだ四歳の真美ちゃんは、子供が座る専用のカゴが
なければ自転車には乗れないことがわかった。

そんな基本的な事実が、なぜ17年もたってからわかったのか、それは真美ちゃんの遺族が初めて記者の取材に応じたからだ。


事件当時、遺族はマスコミの取材で、家から一歩も出られず、洗濯物も十日以上取り込めない状態だった。
通夜や葬儀には遠慮のないカメラのフラッシュが飛んできた。
そんな辛い状況から何度も転居を繰り返していた。

記者は、遺族の知人を探し出し、手紙を転送してくれるよう頼み込んだ。
遺族にとっては、もう終わった事件だ。
傷口を開くような取材申し込みなど受け付けるはずもない。
手紙は誠心誠意の内容を綴った。




そして、ある日携帯の電話が鳴った。非通知だった。
真美ちゃんのお母さんからだった。
それは抗議の電話だった。
「もう終わったことなのに、何でいまさら・・・・・」
当然の抗議だった。
そういうやりとりをしながら記者は、自転車のことを話した。
すると母親は、「真美は自分では自転車には乗れませんよ、カゴのない自転車でなければ乗れません」
とはっきりと断言した。
実は、遺族は菅家さんの供述を知らなかった。

遺族は初公判を膨張するため、地裁に行くと、刑事に言われたという。
マスコミがたくさん来ているから帰ったほうがいい、プライバシーを奪われた夫婦は
素直にその言葉に従った。

その日から母親は、菅谷さんの供述や、判決内容を記者から知ることになった。
矛盾や捜査の不自然さは、母親がテレビカメラの前に立つ勇気となった。
事件から17年目に夫婦は現場検証に同行してくれた。
そして真美ちゃんが、専用のかごなしでは自転車には乗れないことを、今度は確信を込めて証言した。

その後、記者は日本テレビで、DNAの再鑑定を求める報道を続けた。
そして高裁でついに再鑑定の決定が出た。
菅家さんのDNAとブラウスについた血痕のDNAは違っていた。
まったくの別人だという鑑定が出た。


検察側はその鑑定方法についても、独自の鑑定を行った。
しかし菅家さんと同一のDNAは出てこなかった。
驚いたことに当時は、被害者である真美ちゃんのDNA鑑定もしていなかった。

母親は
「もし、菅家さんが無罪であるなら、早く軌道修正をしてほしい、捜査が間違っているんであれば謝るべきです。(捜査は)誰が考えたっておかしいでしょう・・・」
母親は検察官に向き合い、直接そう訴えた。
記者をそれを電波に乗せた。

放送から四日後、突然、菅家さんは釈放された。
母親が検事に伝えたあの言葉が、釈放につながったと、後で検事は母親に伝えた。
釈放の決定が出ると、マスコミは大挙して刑務所前に陣取り、上空にはヘリコプターまで旋回していた。

お上が間違えるはずがない、と言っていた記者たちだ。
菅家さんは冤罪ではないかと記事にしていた記者が、この中に何人いただろうか。




この事件は、検察も裁判所も誤りを認め、頭を下げた稀な事件だ。


別のページには受刑者の証言が載っている。
「刑務所にいれば大体わかる、毎日生活をともにしていればわかる、まだまだ冤罪はありますよ」
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by 2006taicho | 2015-12-24 18:08 | Comments(0)