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隊長ブログ

ひとり日和

短編小説 「詠一 2」

「詠一 仏様にご飯はあげた?」
「仏様?まだ」
「はやくやりさない、仏壇にご飯を上げてからみんなが食事をするんだからね」
「うん」

母のとき子は優しい言い方でそう言った。

ご飯とお茶とお水をセットにして仏壇に供える。
朝夕やるのが決まりだが、
「忙しいときは朝だけでもいいんだよ」
母はそう言った。






短編小説 「詠一 2」_d0098363_5593793.jpg


7月のお盆の時期は、灯篭、野菜や果物のお供えで仏壇は豪華になった。
仏壇へのお供えが終わると、今度はお墓に出向いた。
お墓は海を見下ろせる高台にあったので、往きは登り坂が続いて息が切れた。

お墓の雑草を採り、墓石を洗い、お花を供える。
詠一も必ず手伝わされた。
「ほら、ここに書いてあるのがおまえのおじいちゃんの名前」
「うん」
「それでこれがおばあちゃんの名前」
「うん」
詠一がまったく興味なさそうな顔をしていても、とき子は必ずそう説明した。
そして必ず、付け加えた。


「お前がいるのもこのおじいちゃんやおばあちゃんのおかげなんだよ、だからこうやってきれいにしてあげて感謝するんだよ、わかった?」
顔や腕を、蚊に刺されてかゆくてしょうがない詠一は、いつも生返事だった。



お墓の掃除が終わるととき子が
「どれ みせてごらん」
と言って詠一の腕をとって、蚊にさされたところを爪で押してくれた。
「こっちも ここも」
と詠一はわざとわがままを言う。
母はその一つ一つに爪を立て、ちょうどよい感じで押してくれた。
詠一はその痛痒い感じが妙に気持ち良く、母の優しさがうれしかった。
母は石鹸のいい匂いがした。




詠一は大人になってから、母の、このいいつけを思い出すのに何十年もかかった。
詠一は思うのだった。
「お墓に手を合わせるのはこれは今の自分に感謝する仕草なのかもしれない、お墓で眠っている人たちが一人でも欠ければ今の自分はいないのだから」

叔母は言った、
「お墓の周りをコンクリートにしちゃだめだよ」
「えっ!なんで?」
「コンクリートできれにしたら草取りにしないで済むけど、その分、先祖の前にいる時間が減ってしまうだろう?」

墓石の横には父と母の名前が書かれていた。





(大昔、災害、飢饉、天災、伝染病、原因不明で治療法もわからない病気。
人々は祈ることしかできなかった。
呆然とたちすくんでいるよりはいいだろうと。
肉親が死ねば石を置き、多くの人が亡くなれば碑を建てた。
痛みや、苦しみを和らげるため、神話や、逸話が生まれて語り継がれた。
たとえそれが、効果がないとわかっていても、それにすがるしかない時代。
神社仏閣のはじまり。
大鳥居とか仏像が大きいのはその願いの表れではないだろうか
科学が発達した現代でもその片鱗をうかがい知ることができる。
盆と暮れの帰省交通渋滞として。)

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by 2006taicho | 2018-09-15 23:12 | ひとり日和 | Comments(0)

おかしいことはおかしいと言う


by rei7955