「ねえ、24日うちに来る?」
「えっ!いいのか?」
「うん、期末も終わったし」
「わかった 行くよ」
午後の授業が終わり、みんなあわただしく教室を飛び出してゆく。
部活に行く者、これから町に遊びに行く者、一目散に家に帰る者、それぞれに教室を出えてゆく。
宮本哲夫はそんな仲間を目で見送りながら、ちょっとドキドキしていた。
話しかけてきた柳瀬静江はそんな哲夫の表情をちらっと見ただけで、そそくさと出て行った。
嬉しさのあまり哲夫はボーとその後ろ姿を見送っていた。
3年3組の担任の重田隆弘は黒板を拭きながら哲夫に話しかけてきた。
「哲夫、お前ちゃんと調べたか?」
重田は哲夫の大学受験の準備がどうなったか聞いてきた。
「あっ、いやまだちょっと」
哲夫の机まで来て重田は
「なんだ、まだか早くちゃんと調べておけよ 、あっという間に時間は経っちゃうんだからな」
「うん、やっておきます」
「内申書、25日ころには書いておくから職員室に取りに来いよ」
「25日ですか?」
「ああ、まあお前の内申書はちょっとおまけしておくからさ」
「そうなんですか」
「まあな、お前はまあ頑張ったからな、ちょっとだけな」
重田はそう言ってタバコのヤニの着いた歯をみせて笑った。
「でも俺遅刻が100回だから・・・・」
「だからそのへんは俺がなんとかするから」
担任の重田とそんな会話をしながら哲夫は半ば上の空だった。
静江からの突然のクリスマスイブの約束のことで心臓のドキドキが止まなかった。
哲夫の住むY市は人口が10万にも満たない地方の小都市だった。
特にこれといった産業もなく、若者の人口の減少に歯止めが利かないどこにでもある街だった。
哲夫の実家は一戸建ての、昔でいうところの文化住宅だった。
家はかなり老朽化していて、台所の床は歩くたびにギシギシと音を立て、そのうち抜けるんじゃないかと思うほどだった。
家族は母親の千賀子と姉の多恵と哲夫の3人暮らしだった。
父親は哲夫が9歳のときに病死していた。哲夫はよく遊んでもらった記憶がある。
子煩悩ないい父親だった。
母の千賀子は近くの部品工場の経理事務をして子どもたちを育て上げた。
姉の多恵は高校を卒業すると専門学校へ通い、保母の資格を取り隣町の保育園に勤めている。
哲夫とは年が五つ違うので多恵にとっては可愛いい弟だった。
哲夫たちが3年生になった今年の春はちょっとした事件があった。
きっかけは、3年2組のある生徒が学校の中で喫煙しているところを教師に見つかり、停学処分になったからだった。
その話を聞いた同じ2組の同級生たち十数人が、大挙して職員室に乗り込み大騒ぎをしたからだ。
担任の教師の襟首をつかみ、押し合いになり教師を押し倒してしまった。
挙句は隣の校長室まで侵入して、たまたまいた校長にも詰問して停学処分にするなら俺たち全員も停学にしろと息巻いた。
その様子はヤクザの出入りまがいで、校長をはじめ職員室にいた教師たちを震え上がらせてしまった。
家庭科の女の教師などは叫びとともに泣き出してしまうほどだった。
隣の教室の異変に気付いた哲夫たちは仲間とともに脱兎のごとく職員室へ走ったが、もうその時は、2組のやつらが大騒ぎを始めていて
教師と2組の生徒たちの背後から覗き込むような格好になった。
2組のやつらは哲夫の顔をみて中に入れてくれた。
担任の教師は白いワイシャツの襟首を引っ張りながら何か言おうとして立ち上がったところだった。
2組のリーダー格は松島靖男で、やや痩せてはいるが身長が185センチあり、丸坊主なので立っているだけで威圧感がある。
その松島が踵を返し、「校長!校長!」と怒鳴りながら校長室へ向かうところだった。
哲夫はその様子を黙ってみていた。
今は止めても仕方ないと思った。
2組のやつらに続いて哲夫も校長室に入った。
月尾校長は椅子から立ち上がっていて、両手で「まあまあ落ち着いて・・・」と言いながら上半身は後ろに引けていた。
白ぶち眼鏡の奥は恐怖感に満ちていた。
リーダーの松島の言い分はこうだ。
俺だって3か月前に喫煙を見つかったことがあるのに、停学にならなかった。なんで今回は停学にするんだというものだった。
校長の言い分は
「君の喫煙のことは生徒指導の先生からも担任の先生からも聞いていない。だから今回の処分は君とは関係ない」というものだった。
実は哲夫自身もつい先日タバコを吸っているところを教師に見つかっていた。
そのときその教師はちょっと驚いた顔をしたが
「火事に気をつけろよ」
と言っただけで立ち去ったのだった。
タバコが見つかった哲夫たちはその後学校の様子をうかがっていたがなんのお咎めもなかった。
哲夫の通うY高は普通科と農林科と家政科があった。
普通科は1クラスで、農林科と家政科が混合で2クラスあった。
農林科と家政科は普通科に入れなかった生徒の受け皿という態をなしていて、実際は農業や林業をやろうという者は皆無に等しかった。
1年生の時は普通科と変わらない授業を受けるが、2年になると授業内容が変わった。
つまり農業や畜産や林業などの専門性の高い授業に変わるのだ。
農業実習になると全員作業衣を着て授業を受ける。
彼らにとってその灰色の作業衣はまるで刑務所の作業衣に思えた。
足元は地下足袋である。
3年生になると授業は3分の2がそういう授業になって行った。
将来自分がやる気のない授業を受けるので当然誰も勉強に身が入らなかった。
農林科の教師たちも、そのへんはわきまえていて、試験の内容も採点も甘くしてくれた。
なんとか卒業してくれよという態度だった。
そんな中、大学進学を希望している生徒は、独学でなんとか頑張るしかなかった。
普通科の生徒とは計り知れないハンデだからだ。
街の人は普通科の生徒はエリートで、農林科や家政科に入った生徒は劣等生とみていた。
口の悪い人は脳足りん科とからかう人もいた。
3年になるとタバコを吸う男子生徒が大多数だっだ。
先輩後輩の区別が厳しい校風だった。だから2年生までは大人しくしていなければならなかった。
制服も男子は詰襟に中に白いワイシャツと決められていたが、それを守るのは2年生までで、3年になるとかなり自由になった。
白いワイシャツの代わりに中にはTシャツを着てくる者が多かった。
ズボンも太い裾にしたり、極端に細くして履いたりしてその年代のこだわりがあった。
学校側もそれを黙認していて服装には寛容だった。
さて、校長室まで乗り込んだ2組の生徒の停学騒動は、結局押し問答で終わった。
しかし、学校側がとった対応は哲夫たちにとってまったく予想外のものだった。
ーつづくー
「えっ!いいのか?」
「うん、期末も終わったし」
「わかった 行くよ」
午後の授業が終わり、みんなあわただしく教室を飛び出してゆく。
部活に行く者、これから町に遊びに行く者、一目散に家に帰る者、それぞれに教室を出えてゆく。
宮本哲夫はそんな仲間を目で見送りながら、ちょっとドキドキしていた。
話しかけてきた柳瀬静江はそんな哲夫の表情をちらっと見ただけで、そそくさと出て行った。
嬉しさのあまり哲夫はボーとその後ろ姿を見送っていた。
3年3組の担任の重田隆弘は黒板を拭きながら哲夫に話しかけてきた。
「哲夫、お前ちゃんと調べたか?」
重田は哲夫の大学受験の準備がどうなったか聞いてきた。
「あっ、いやまだちょっと」
哲夫の机まで来て重田は
「なんだ、まだか早くちゃんと調べておけよ 、あっという間に時間は経っちゃうんだからな」
「うん、やっておきます」
「内申書、25日ころには書いておくから職員室に取りに来いよ」
「25日ですか?」
「ああ、まあお前の内申書はちょっとおまけしておくからさ」
「そうなんですか」
「まあな、お前はまあ頑張ったからな、ちょっとだけな」
重田はそう言ってタバコのヤニの着いた歯をみせて笑った。
「でも俺遅刻が100回だから・・・・」
「だからそのへんは俺がなんとかするから」
担任の重田とそんな会話をしながら哲夫は半ば上の空だった。
静江からの突然のクリスマスイブの約束のことで心臓のドキドキが止まなかった。
哲夫の住むY市は人口が10万にも満たない地方の小都市だった。
特にこれといった産業もなく、若者の人口の減少に歯止めが利かないどこにでもある街だった。
哲夫の実家は一戸建ての、昔でいうところの文化住宅だった。
家はかなり老朽化していて、台所の床は歩くたびにギシギシと音を立て、そのうち抜けるんじゃないかと思うほどだった。
家族は母親の千賀子と姉の多恵と哲夫の3人暮らしだった。
父親は哲夫が9歳のときに病死していた。哲夫はよく遊んでもらった記憶がある。
子煩悩ないい父親だった。
母の千賀子は近くの部品工場の経理事務をして子どもたちを育て上げた。
姉の多恵は高校を卒業すると専門学校へ通い、保母の資格を取り隣町の保育園に勤めている。
哲夫とは年が五つ違うので多恵にとっては可愛いい弟だった。
哲夫たちが3年生になった今年の春はちょっとした事件があった。
きっかけは、3年2組のある生徒が学校の中で喫煙しているところを教師に見つかり、停学処分になったからだった。
その話を聞いた同じ2組の同級生たち十数人が、大挙して職員室に乗り込み大騒ぎをしたからだ。
担任の教師の襟首をつかみ、押し合いになり教師を押し倒してしまった。
挙句は隣の校長室まで侵入して、たまたまいた校長にも詰問して停学処分にするなら俺たち全員も停学にしろと息巻いた。
その様子はヤクザの出入りまがいで、校長をはじめ職員室にいた教師たちを震え上がらせてしまった。
家庭科の女の教師などは叫びとともに泣き出してしまうほどだった。
隣の教室の異変に気付いた哲夫たちは仲間とともに脱兎のごとく職員室へ走ったが、もうその時は、2組のやつらが大騒ぎを始めていて
教師と2組の生徒たちの背後から覗き込むような格好になった。
2組のやつらは哲夫の顔をみて中に入れてくれた。
担任の教師は白いワイシャツの襟首を引っ張りながら何か言おうとして立ち上がったところだった。
2組のリーダー格は松島靖男で、やや痩せてはいるが身長が185センチあり、丸坊主なので立っているだけで威圧感がある。
その松島が踵を返し、「校長!校長!」と怒鳴りながら校長室へ向かうところだった。
哲夫はその様子を黙ってみていた。
今は止めても仕方ないと思った。
2組のやつらに続いて哲夫も校長室に入った。
月尾校長は椅子から立ち上がっていて、両手で「まあまあ落ち着いて・・・」と言いながら上半身は後ろに引けていた。
白ぶち眼鏡の奥は恐怖感に満ちていた。
リーダーの松島の言い分はこうだ。
俺だって3か月前に喫煙を見つかったことがあるのに、停学にならなかった。なんで今回は停学にするんだというものだった。
校長の言い分は
「君の喫煙のことは生徒指導の先生からも担任の先生からも聞いていない。だから今回の処分は君とは関係ない」というものだった。
実は哲夫自身もつい先日タバコを吸っているところを教師に見つかっていた。
そのときその教師はちょっと驚いた顔をしたが
「火事に気をつけろよ」
と言っただけで立ち去ったのだった。
タバコが見つかった哲夫たちはその後学校の様子をうかがっていたがなんのお咎めもなかった。
哲夫の通うY高は普通科と農林科と家政科があった。
普通科は1クラスで、農林科と家政科が混合で2クラスあった。
農林科と家政科は普通科に入れなかった生徒の受け皿という態をなしていて、実際は農業や林業をやろうという者は皆無に等しかった。
1年生の時は普通科と変わらない授業を受けるが、2年になると授業内容が変わった。
つまり農業や畜産や林業などの専門性の高い授業に変わるのだ。
農業実習になると全員作業衣を着て授業を受ける。
彼らにとってその灰色の作業衣はまるで刑務所の作業衣に思えた。
足元は地下足袋である。
3年生になると授業は3分の2がそういう授業になって行った。
将来自分がやる気のない授業を受けるので当然誰も勉強に身が入らなかった。
農林科の教師たちも、そのへんはわきまえていて、試験の内容も採点も甘くしてくれた。
なんとか卒業してくれよという態度だった。
そんな中、大学進学を希望している生徒は、独学でなんとか頑張るしかなかった。
普通科の生徒とは計り知れないハンデだからだ。
街の人は普通科の生徒はエリートで、農林科や家政科に入った生徒は劣等生とみていた。
口の悪い人は脳足りん科とからかう人もいた。
3年になるとタバコを吸う男子生徒が大多数だっだ。
先輩後輩の区別が厳しい校風だった。だから2年生までは大人しくしていなければならなかった。
制服も男子は詰襟に中に白いワイシャツと決められていたが、それを守るのは2年生までで、3年になるとかなり自由になった。
白いワイシャツの代わりに中にはTシャツを着てくる者が多かった。
ズボンも太い裾にしたり、極端に細くして履いたりしてその年代のこだわりがあった。
学校側もそれを黙認していて服装には寛容だった。
さて、校長室まで乗り込んだ2組の生徒の停学騒動は、結局押し問答で終わった。
しかし、学校側がとった対応は哲夫たちにとってまったく予想外のものだった。
ーつづくー
by 2006taicho
| 2013-12-25 02:32
| ひとり日和
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